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札幌地方裁判所 昭和52年(ワ)463号 判決 1979年2月06日

原告 橋掛広義

被告 堂高清松

被告 星三男

右両名訴訟代理人弁護士 山崎小平

主文

一  被告堂高清松は原告に対し別紙目録記載(一)、(二)の各建物を明渡せ。

二  被告らは各自原告に対し次の各金員を支払え。

1  金四万三五三八円

2  昭和五〇年七月一日から前項による(一)の建物の明渡ずみまで一ヵ月金三万円の割合による金員

3  右同日から前項による(二)の建物の明渡すみまで一ヵ月金一万五〇〇〇円の割合による金員

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  原告

「被告堂高は原告に対し別紙目録記載(一)、(二)の各建物を明渡せ。被告らは各自原告に対し金五〇〇〇円及び昭和四八年一〇月一日から右明渡完了まで一ヵ月金四万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言。

2  被告ら

「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

二  当事者の主張

1  請求原因

(一)  原告は被告堂高に対し、(イ)昭和四四年三月二一日、別紙目録記載(一)の建物(以下、単に「(一)の建物」という)を、賃料は一ヵ月につき同年九月まで金二万五〇〇〇円、同年一〇月以降金三万円、毎月末日かぎり翌月分前払いの約定で賃貸してこれを引渡し、(ロ)昭和四五年二月一日、右目録記載(二)の建物(以下、単に「(二)の建物」という)を賃料一ヵ月金一万五〇〇〇円、毎月末日かぎり翌月分前払いの約定で賃貸してこれを引渡した。

(二)  被告星は、右各賃貸借に際し、同各賃貸借に基づき被告堂高が負担すべき賃料債務を連帯保証した。

(三)  ところが、被告らは、昭和四八年九月分の(一)、(二)の建物賃料合計金四万五〇〇〇円のうちの金五〇〇〇円、及び同年一〇月分以降の各建物の賃料を支払わないので、原告は、昭和五一年一二月二二日到達の内容証明郵便により、被告堂高に対して同月分までの未払賃料合計金一七六万円を五日間内に支払わないことを停止条件として(一)、(二)の建物についての各賃貸借契約を解除する旨の意思表示(停止条件付契約解除の意思表示)をしたが、右期間内にその支払がなかった。

(四)  また、被告堂高は、十分な支払能力がありながら右のように賃料の支払を怠っているものであるうえ、専ら自己の使用上の便宜のため原告に無断で(一)、(二)の建物について後記抗弁で被告らが主張するような各工事を強行したものであって、これら被告堂高の行為は原告との間の信頼関係を破壊するものであるから、原告は同被告に対し、昭和五三年一一月二二日の本件口頭弁論期日において、右各建物についての賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

(五)  よって、原告は、被告堂高に対して(一)、(二)の建物の明渡を求めるとともに、被告らに対し連帯して昭和四八年九月分の賃料残額五〇〇〇円、及び同年一〇月一日以降右各建物の明渡完了まで一ヵ月金四万五〇〇〇円の割合による賃料並びに賃料相当損害金を支払うことを求める。

2  請求原因に対する被告らの認否

請求原因(一)のうち、原告が被告堂高に対して(二)の建物を賃貸した日が昭和四五年二月一日であるとの点は否認するが、その余は認める。右賃貸の日は同年八月一日である。同(二)は認める。同(三)のうち、昭和五一年一二月分までの未払賃料の金額を争うが、その余は認める。右未払賃料は合計金一六三万円である。同(四)は争う。

3  被告らの抗弁

(一)  被告堂高は、昭和四八年一一月分までの(一)、(二)の建物の賃料全額、及び同年一二月分の右各建物の賃料のうち金三万五〇〇〇円を支払ずみである。

(二)  被告堂高は、(一)、(二)の建物について自己の費用で左記の各工事を施行したが、それらの工事に支出した費用は右各建物についての必要費に該当するので、原告に対し、昭和五三年一〇月一一日の本件口頭弁論期日において、合計金一八〇万〇三九五円の右必要費償還請求権と未払賃料債務とをその対当額で相殺する旨の意思表示をした。

(1) ((二)の建物について)

(イ) 昭和四五年、同四六年、同四七年に井戸のポンプが凍結し、その修理費用として合計金七九五〇円を支出した。

(ロ) 昭和四七年、都市ガスを引き、その設備費用として金二万四五〇〇円を支出した。

(ハ) 昭和四八年一月、台所居間(六畳間)と寝室(七畳半)の床が落ちたため、その部分の根太、土台、床板を取替え、天井、壁を張替え、建具を取替え、壁に断熱材を入れる等の工事をし、その工事費用として金二〇万三七四五円を支出した。

(ニ) 屋根の構造、施工が不完全で、雨漏りがあり、積雪による建物倒壊の危険もあったため、昭和五一年一月、梁二本の取替えを含む補強工事をした。また、そのころ、寝室(八畳間)と居間(六畳間)及び廊下の床が落ちたので、その部分の根太、土台、床板、廊下のフローリング及び建具の一部を取替え、同時に雨漏りで汚損した天井、壁を張替えた。そして、右工事費用として金八〇万円を支出した。

(ホ) 昭和五一年八月、右(ニ)の工事に引続く屋根と煙突の補強工事をし、その工事費用として金二七万五〇〇〇円を支出した。

(ヘ) 昭和五一年九月、それまで全く利用できない状態にあった浴室を使用可能にするための工事をし、工事費用として金四七万円を支出した。

(2) ((一)、(二)の建物について)

昭和四七年八月、屋根の塗装工事をし、金一万九二〇〇円を支出した。

(三)  被告堂高の賃料不払にはそれが原告に対する背信行為とならない特段の事情がある。すなわち、被告堂高は、同被告の支出した前記工事費用の負担割合について、原告と交渉のうえ妥当な解決を図るべく努力していたものであって、その解決が得られたときは直ちに賃料を支払えるよう準備をしていたが、原告は右交渉に応じようとしなかったものである。なお、被告堂高は、昭和五二年六月一四日、同月分までの未払賃料総額から(二)の建物保存のため必要性が高い右(二)の(1)の(ホ)、(ヘ)記載の工事費用相当額を控除した金九五万五〇〇〇円(ただし、金一三万円過剰)を供託した。また、(一)、(二)の建物の各賃貸借に際し、原告と被告堂高との間においては将来同被告が右各建物とその敷地を原告から買取ることが予定されていたものであり、その後、実際にもこの点について両者の間に折衝が行われていたものである。そして、これらの事情からすれば、被告堂高の賃料不払は原告との間の信頼関係を破壊するものではないというべきである。

4  抗弁に対する原告の認否

抗弁(一)は、被告堂高が昭和四八年九月分の賃料残額五〇〇〇円、同年一〇月分の賃料合計金四万五〇〇〇円のうち金二万五〇〇〇円の支払をした限度でこれを認め、その余を否認する。

同(二)はすべて争う。

同(三)のうち、被告堂高が被告ら主張の日に主張の金額を供託したことは認めるが、その余は否認する。

三  証拠関係《省略》

理由

一  原告主張の請求原因(一)ないし(三)の事実は、(二)の建物賃貸の日(請求原因(一)の(ロ))、並びに昭和五一年一二月二二日現在における賃料支払遅滞額の点を除きいずれも当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、右賃貸の日は昭和四五年八月一日であると推認することができる。なお、その金額の点はしばらくおき、昭和五一年一二月二二日現在において賃料の支払遅滞があったこと自体は争いのないところである。

二  そこで、被告らの抗弁について判断する。

1  《証拠省略》によれば、抗弁(一)の事実が認められ、《証拠省略》中右認定に反する部分は採用できず、他にこの認定を左右すべき証拠はない。従って、一ヵ月合計金四万五〇〇〇円の約定による(一)、(二)の建物賃料は昭和四八年一一月分まで、並びに同年一二月分のうち金三万五〇〇〇円が支払われ(一二月分については(一)、(二)の建物の各賃料額に応じて按分的に充当されたものと解する。)、一二月分のうち金一万円及び昭和四九年一月以降の分が未払のまま残存することになる。

2  抗弁(二)の事実のうち、被告ら主張の相殺の意思表示があったことは本件記録上明白なので、以下、被告ら主張の各工事について、また、その工事費用の必要費該当性等について検討する。

(一)  まず、被告ら主張(1)の(イ)の工事費用はその性質上当然に賃借人たる被告堂高において負担して然るべきものであり、賃貸人たる原告の負担に属すべき必要費には該当しないと解するのが相当である。また、同(ロ)、(ヘ)の各工事は、その内容並びに弁論の全趣旨に照し、専ら被告堂高がみずからの使用の便宜のために施行したものと認められるので、これらに要した費用も必要費には該当しないというべきである。

(二)  《証拠省略》によると、被告ら主張にかかる(1)の(ハ)の事実が認められる。ただし、右証拠によれば、被告堂高がその工事につき少くとも金一六万四五二五円の費用を支出したことは認められるけれども、これを超える金額を要したことを認めるに足りる的確な証拠はない。そして、その態様からみて、右工事のうち、根太、土台、床板の取替えに関する部分は(二)の建物の現状維持または原状回復のためその必要性があり、従って、それに要した費用は原告の負担すべき必要費にあたると解されるが、その余の部分については右のように解することができず、他にこれに要した費用を必要費と解すべき事実関係を認めるべき証拠もないところ、前記工事費用金一六万四五二五円のうち、右認定の必要費の金額を確定するに足りる資料は存在しないけれども、その工事の内容、態様からして、少くとも全費用の二分の一、すなわち、金八万二二六二円がそれに該当すると認めるのが相当である。

(三)  《証拠省略》によると、被告ら主張にかかる(1)の(ニ)の事実が認められる。ただし、建具の取替え、天井、壁の張替えについてはその必要性があったことを認めるべき的確な証拠がない。そして右(二)と同様の理由により少くとも被告堂高が支出した費用の二分の一、すなわち、金四〇万円は原告の負担に属すべき必要費にあたると推認するのが相当である。

(四)  《証拠省略》によると、被告ら主張にかかる(1)の(ホ)及び(2)の各事実が認められ、それらの工事のために被告堂高の支出した費用計金二九万四二〇〇円は原告の負担に属すべき必要費にあたるものと解することができる。

そうすると、被告堂高が支出した各工事費用のうち、合計金七七万六四六二円は(一)、(二)の建物についての必要費として原告の負担に属すべきものであるから、前記相殺の意思表示により、それは、昭和四八年一二月分の賃料残額一万円及び昭和四九年一月から昭和五〇年五月分までの賃料全額、並びに同年六月分の賃料金四万五〇〇〇円の内金一四六二円に充当され(ただし、六月分については前同様(一)、(二)の建物の各賃料額に応じて按分的に充当されるものと解する。)当該部分の原告の賃料債権が消滅したことになるが、昭和五〇年六月分の賃料のうち金四万三五三八円と同年七月分以降の賃料はなお未払のまま残存するものといわなければならない。

3  右のとおりだとすると、被告らが抗弁(三)で主張する諸事情はたとえそのすべてが認められるとしても、原告による契約解除の意思表示の効力を否定すべき根拠とはなり得ないと解されるから、右抗弁は採用できない。

三  以上によれば、原告と被告堂高との間の(一)、(二)の建物についての賃貸借契約は、原告による解除の意思表示に基づき昭和五一年一二月二二日をもって終了したというべきであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は、被告堂高に対して右各建物の明渡を求めるとともに、被告らに対し、連帯して、昭和五〇年六月分の賃料残額四万三五三八円、及び同年七月一日から右(一)の建物明渡ずみまで一ヵ月金三万円の割合による賃料並びに賃料相当損害金、右同日から右(二)の建物明渡ずみまで一ヵ月金一万五〇〇〇円の割合による賃料並びに賃料相当損害金の各支払を求める限度で正当であるが、その余は理由がないことになる。

よって、右の限度で原告の請求を認容し、その余はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を適用して主文のとおり判決する。なお、仮執行宣言の申立については、不相当と認めこれを却下する。

(裁判官 尾方滋)

<以下省略>

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